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東京地方裁判所 昭和50年(行ク)20号 決定

申立人 郭精誠

〈ほか三名〉

右四名代理人弁護士 弘中惇一郎

久保田康史

被申立人 東京入国管理事務所主任審査官 水間正芳

右指定代理人 房村精一

〈ほか四名〉

主文

被申立人が申立人ら四名に対して昭和五〇年三月一四日付でそれぞれ発付した退去強制令書に基づく執行は本案判決が確定するまでそれぞれこれを停止する。

本件申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一  申立人の本件申立の趣旨は主文と同旨であり、その理由は別紙(一)、(二)記載のとおりである。また、これに対する被申立人の意見は別紙(三)記載のとおりである。

二  本件疎明資料によれば次の事実を一応認めることができる。

1、申立人郭精誠は、大正九年(一九二〇年)一月二八日本籍地である中国の江蘇省塩城県に生まれ、昭和一九年ころから上海市において中国航空会社に技術者として稼働したのち、昭和二一年一二月中華民国(台湾)に渡り航空会社に勤務していた。

申立人黄瓊慧は、昭和五年(一九三〇年)日本の統治下の台湾・台南市に生まれて生活していたものであって、申立人郭精誠と黄瓊慧は昭和二三年台湾において婚姻し、長男郭炳、長女郭莉萍、次男郭炳輝、次女郭麗娟(申立人)、三男郭志栄(申立人)をもうけた。

申立人郭精誠は、昭和三九年アメリカ航空会社に就職し、昭和四〇年ベトナムに転勤となり、五人の子供を含めて申立人一家はベトナムで生活していたが、申立人黄瓊慧は健康を害したので、すでに日本に帰化していた実兄を頼り療養の目的で五人の子供とともに本邦に入国した。そして、申立人黄瓊慧は、長男郭炳、長女郭莉萍を在日中華学校に入学させたうえ、約一年後、他の三人の子供を伴ってベトナムの申立人郭精誠のもとに戻った。申立人郭精誠は、昭和四四年ラオスに転勤移住し、次男郭炳輝が昭和四七年留学生として本邦に入国した。

2、申立人黄瓊慧は、昭和四八年に至り高血圧、婦人病などをわずらい、療養及び従前から在日している前記二人の子供を訪問する目的で申立人郭麗娟、同郭志栄を伴って昭和四八年三月一九日、出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及び在留期間を定める省令一項三号に該当する者としての在留資格を付与されて入国した。また、申立人郭精誠も、その勤務していたアメリカ航空会社が昭和四八年に解散し、かつ、十二指腸潰瘍等に罹患し、ラオスでの生活が困難となり、昭和四八年九月一二日出入国管理令四条一項四号(観光客)に該当する者として在留資格を付与されて本邦に入国した。

3、申立人黄瓊慧は、肩書地において土地建物を購入し、現在では中華料理店を経営して一家の生計をまかない、申立人郭精誠は十二指腸潰瘍、糖尿病の治療のため一時入院加療し、十二指腸潰瘍は糖尿病のため手術を一応見合せ、現に通院して自宅療養中である。

長女郭莉萍は、現在大東文化大学に在学中であり、すでに日本に留学していた次男郭炳輝は、現在千代田テレビ電子学校に在学している。また、申立人郭麗娟(次女)は東京都立新宿高校(定時制)に在学中であり、申立人郭志栄(三男)もまた新宿区立淀橋第三小学校に在学中である。

4、申立人郭精誠は、来日して以来、観光継続、親族訪問及び観光、病気治療などを理由として合計五回在留期間更新の許可を受けて最終在留期限は、昭和四九年九月七日となったが、法務大臣は昭和四九年一〇月一九日申立人郭精誠の在留期間更新許可申請に対して、更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないと認め、不許可とする旨の処分をした。また、申立人黄瓊慧、同郭麗娟、同郭志栄らは、来日して以来、子供の訪問継続、病気療養、勉学などの理由でそれぞれ三回在留期間更新の許可を受けて最終在留期限は昭和四九年三月一四日となったが、法務大臣は、昭和四九年三月三日右申立人ら三名の在留期間更新許可申請に対して、前記同様の理由で、それぞれ不許可とする旨の処分をした。

このようにして、申立人ら四名は、いずれも出入国管理令二四条四号ロに該当することとなり、同管理令所定の認定手続を経たうえ、被申立人は、昭和五〇年三月一四日申立人ら四名に対してそれぞれ退去強制令書発付処分(以下、これらを一括して本件処分という。)をうけたものである。

三  以上の疎明事実に基づき判断する。

申立人らの在留期間更新などの理由は、専ら親族訪問、病気療養、勉学などにあったのであるが、現在では申立人郭精誠夫婦らは中華料理店を経営して生計を維持し、かつ子弟に日本の教育を受けさせるなどして在留期間更新などの右の理由と異り、本邦に定住する意図があるかのようにも見えないこともない。しかしながら、現在においては申立人らが肩書地に生活の本拠と基盤を有していることは明らかであり、仮に、本件処分が直ちに執行されることとなれば、前記中華料理店の経営の破綻を招来するおそれがあるのみならず、申立人ら一家が享有する現在の平和な家庭生活の基盤を失うこととなり、とくに申立人郭麗娟、同郭志栄らを始めとする子弟の教育に障害をも生じるものと認められる。また、申立人郭精誠、同黄瓊慧らの健康状態が良好でないと認められることに照らすと、現在の段階で直ちに本件処分の執行を許すことは申立人らに回復し難い損害を蒙らせるものということができ、かつ、右の事情のもとでは右損害をさけるため緊急の必要性があるということができる。そして申立人らが蒙る前記損害の性質に照らし、その損害をさけるためには、本件処分の執行のうち単に送還部分を停止することのみによっては必ずしも十分ではないというべきであり、申立人らが正常な社会生活を送り、かつて本邦の法秩序を乱したりする等の非行もなく、逃亡する等身柄確保に困難を来たすおそれがないこと等に徴すると、本案判決の確定するに至るまでこのまま社会生活を継続させても出入国管理行政上格別支障が生じるとまでは考えられない。

以上の諸点を彼此勘案すると、申立人らの前記損害をさけるためには、本案判決が確定するまで本件処分の執行を全面的に停止することとするのが相当である。

四  被申立人は、本件処分の執行のうち収容部分までも停止することは、法の規制及び出入国管理行政の及ばない状態で外国人の在留活動を許すこととなり公共の福祉に反する旨主張するけれども、右のような一般的、抽象的理由のみをもってしては直ちに公共の福祉に反するとは断じられないのであって、申立人らに関してより個別的、具体的事情を斟酌検討する要があるものというべきところ、申立人らの本邦における前記社会生活の状況にかんがみると、本件の場合、収容部分の執行を停止することが直ちに公共の福祉に反することにつながると認められる事情は存しないから、被申立人の前記主張は採用できない。

さらに、被申立人は、本件申立は本案につき理由がないとみえるときに該ると主張し、前記事実関係のもとでは、申立人らが出入国管理令二四条四号ロに該当することは明らかであるけれども、なお本件処分の適法性の判断に際しては、法務大臣の申立人らに対する在留期間更新不許可処分の適否などについても検討してみる余地があると解せられ、それらの点は本案の審理をまつよりほかはなく、現段階においては本案について理由がないと断ずることは相当でないから、被申立人の前記主張も採用できない。

五  以上の次第で、申立人らの本件申立は理由があるからこれを認容することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 山下薫 慶田康男)

〈以下省略〉

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